網干の田ステ女さん 元禄の四排女の一人で有名な丹波柏原の田ステ女さんは僅か六歳で「雪の朝」の俳句を詠み多くの人を驚かせた。 文雅の中に成長し五男一女に恵まれたが夫君が世を去り幼いお子たちを立派に育てられ、後に綱干に移り龍門寺の盤珪和尚さまの教えを受け不徹寺を開基し多くの女性を指導し郷土偉人の紅一点として讃えられています。 (ステ女さんのお墓は龍門寺に、分骨塔は不徹寺にあります。)
網干歴史教育の会 網干地方史談会