2008年(平成20年)4月のミニミニ法話・お説教
~ミッキーマウスによろしくね ~ (『風韻抄』 P.165)
その日、ワシントンからフロリダに向かう飛行機の中は、乗客で満席だった。ところが、どうやら航空会社の手違いで、航空券を座席以上に発行してしまったらしい。飛行機の離陸直前に駆け込んできた、障害児をつれた家族づれ五人のうち、三人分の座席がなかった。
すると、操縦席から出てきた機長さんが、事情を聞いて機内放送をはじめた。
「機内のみなさん、ミッキーマウスに会いたがっている少年がいますが、その少年の席がありません。どなたか席を譲ってくださる有志(ボランティア)を募っています。ご協力下さい」
という機長の声が機内に流れた。
その途端、二十数人の乗客がさっと手を挙げたのである。百二十席の乗客の、なんと五人に一人が、障害をもった少年のために席をゆずる、というのである。
結局、この二十数人の中から、荷物のない中年夫婦と一人の青年が「座席をゆずる栄誉」を与えられた。
三人とも笑顔で、この少年に、
「ミッキーマウスによろしくね」
と言い残して飛行機から降りていった。この出来事は時間にして、わずか五分足らずであった。飛行機はなに ごともなかったように、定刻に飛び立った、という。
この体験を紹介した人はワシントン滞在中の日本人であるが、
「もしもこれが日本での出来事なら、このようにさわやかに無事に解決したでしょうか」と述べている。
この話は、相手を思いやる心の大切さを教えてくれている。
思いやりとは、「思いをやる」こと。つまり、自分の思いを相手に移して、相手の身になって考えるということであろう。機長の呼びかけに、乗客の五人に一人
がさっと応じたのは、この少年がディズニーランドでミッキーマウスに会うことをどんな思いで待ち望んでいるか、を察したからである。少年の夢をこわしたく
ないという思いが「席を譲る」という無償の行為につながった。それが読む者の心にも、大きな感動を呼び起こすのである。
いま、このことを口にしたら、相手はどんなに喜ぶか。
いま、こんなことをしたら相手はどんなに傷つくか。
こちらが、これから起こす行動によって、相手の心の中にさまざまな感情が生じる。その感情を、あらかじめ読んで、こちらの行動をコントロールする。
この共感能力を、仏教では「忘己利他」という。
「己を忘れ、他を利するは、慈悲の極みなり」 天台宗を開いた伝教大師最澄の言葉である。
自分のことは後まわしにして、一人でも多くの人の幸せを優先することが、最高の慈悲だと教えている。
あなたは今、お金をためて大切な友人にプレゼントを買おうとしている。自分の買いたいものがあっても、それをがまんして、相手のよろこぶ顔が見たくて、心を込めてプレゼントを選ぶにちがいない。
この心があれば、家族や職場、学校の仲間たちのことを、自分自身のことのように思うことができるはずである。
些細なことでもいい。とりあえず、「おはよう」からはじめてみませんか。