2008年(平成20年)4月のミニミニ法話・お説教
~あなたの人生、いま何時? ~ (『花影抄』 P.113)
あなたの人生、いま何時?
人生八十年。とはいうものの、誰もが健康で豊かな八十年を生きられるという保証はない。仮に、年齢なりに健康で、しかも自分の意志で精いっぱい働ける年限を七十二歳とする。これを3で割ると24。つまり一日の時間と同じになる。
そこで、あなたの年齢を3で割っていただきたい。答えはいくら?
それがあなたの人生時間なのです。
たとえば、十八歳の若者なら、十八割る3は6。つまり午前6時。朝日の輝くような希望に燃えた、前途洋々たる船出の時である。三十歳なら、午後10時。エンジン全開で仕事に没頭する時。六十歳なら20時、つまり午後8時。仕事を終え、テレビでくつろぐ時間。ちなみに、和尚はただ今五十四歳。午後6時にあたる。まだ残業に追われている。人間は大体このサイクルに従っている、といわれている。
さて、あなたの人生時計は、いま何時?
わが寺に、「香時計」というものがある。「香盤」ともいう。いつごろから使われたものか、はっきりしないが、今も行事の時に仏前で使用される。ま四角な木製で火鉢のような格好をしていて、灰をつめ、その表面をなめらかにして、綿状に抹香を埋めこむ。先端に点火して、四角いうず巻き状の真っ向が燃えつきる長さによって時間を計っていた。仏前に香を薫ずることと、時間を計ることを兼ねた実に「ゆかしい」時計である。
ところが、近頃は生活の時間に、この「ゆかしさ」がなくなってきた。スピードアップということが文明の進歩と考えられ、人間の生活時間を変えてしまった。
情報を瞬時に送るファックス。東京―大阪間を二時間半で結ぶ「のぞみ」。玄関に入って二分でできる、ごはん。45分のカラープリント、移動しながら通話ができる携帯電話・・・。
これらはすべて暮らしを早く、便利にするために工夫されたものだが、世の中、便利になればなるほど、気ぜわしくなってくる。人間は、逆に文明の利器に追われて、コセコセ、イライラしはじめる。「忙しい」という字が、それを表している。「忄」(りっしんべん)に「亡」(ほろびる)。つまり、時間に追われ、イライラしながら、いつの間にか「心を亡くした」状態になっている。「心」を下につければ、「忘」という字になる。忙しすぎると、人として大切なことをを忘れてしまうのだ。
日本人はエレベーターに乗ると、行く先の階だけでなく、たいていの人が「閉」のボタンを押す。3秒待てば自動的に閉じるのに、それはもう条件反射みたいになっている。3秒すら待てないのだ。イライラ、コセコセ、セカセカ生きる私たちは、エレベーターで「閉」のボタンを押すように、心にも「閉」を押しているのではないだろうか。
人生時計は24時の七十二歳で一区切りであるが、それを超えたら二回り目の人生と考えればよい。七十三歳にして新生の始まりである。
自分の人生時間を大切にして、香時計のように「馥郁」とした時を過ごしたい。
「人生を大切に思うと言われるのか。それならば、時間を無駄遣いなさらぬがよろしい。時間こそ、人生を形づくる材料なのだから」 -フランクリンー