~ 第003回 「タバコの出逢い」 (中編) ~
その人は道路に面した装飾造花(花環)会社の方のようでした。
私は「これは苦情を言われるぞ」「これやからこの仕事嫌やねん」と身構えました。すると…
「兄ちゃん頼みがあるんやけど…」と予想外の言葉。
「はい??」あっけにとられていると、
「わしあの店の者やけど、この渋滞でうちの車が仕事に出られへんねや。ただでさえ渋滞する道やのに更にこんな状態(大渋滞)やから、一般車も自分の前に入
れる気全然あらへん。うちはこの道使うしかないから困り果ててるんや。」
「せやから、兄ちゃんが暇な時でええから、うちの車が出る時に渋滞の車を停めて入れてくれへんかなあ。」
と手を合わされました。
びっくりしました。それまでこのバイトで何かを頼まれるようなことは一度もなかったからです。
現場監督に相談すべきか一瞬迷いましたが、
「わかりました。やってみます。」と、
うれしさのあまり即答してしまいました。
「そうか、ありがとう。ほんならよろしく頼むで。」 その人はニッコリ笑ってそう言うと、渡って来たときと同じ仕草で帰って行き、会社の中に入りました。
バイトごときの判断でやばいかなと思いながら、「この現場の工事の人達やったら細かいこと言わなさそうやし、暇な時やったら大丈夫や
ろ、もし怒られたらあやまったらしまいや」と腹をくくりました。
早速、その花環屋さんから社用車が出ようとしていたので、一般車を停めてその車を入れました。そして、ふと気付くと工事のトラックが後方に来ていたので
バリケードを開けて…という風に結構忙しくなってきました。
花環屋さんには3台のライトバンと2台のトラックがあり、その他にも関係業者のトラックなどの出入りがたくさんあって、確かに誰かが
交通整理しないとこりゃ商売にならんわと実感しました。
暇な現場も適度に忙しくなり、道路工事の人達にも怒られることなく1日が無事終わろうとしていました。後片付けをしていると、例の花環屋さんの人(その
後の
様子で社長さんと推測)が…
「兄ちゃーん、ありがとう。うちも終わりや。助かったで~。」と、
店先で手を振っていました。
私は小さく手を挙げてそれに応えながら、交通警備員をやって初めての充実感と人に感謝されるうれしさを知りました。
次の日も同じ現場でした。出勤時の例の社長さんとアイコンタクトを交わすと、昨日のように花環屋さんの車を率先して誘導しました。
その日も無事終わり、前の日と同じく感謝され、充実感を味わいながら気持ち良く「お疲れさまでした」と挨拶ができるようになりました。
翌々日も同じ現場。この日はこのバイトの最終日で、「このラッキーな現場が続くんやったら、やめへんのになあ」「でも、また来週契約 したらどうせハズレに廻されるしなあ」と、 先週契約を延ばしたことを思い出しました。
そうなんです。私がいた警備会社は、ほとんどの人が1週間で辞めてしまうので、その対策として契約期限が近付くとアタリの現場に廻
し、旨味を持たせて翌週の契約を勧めるといういやらしい手段をとってくるのです。
その手に乗って契約を延長してしまうと、ハズレの現場がガンガン廻ってくるという始末です。
最終日は朝から雨でした。
春先の冷たい雨の中カッパを着ながら、前日同様社長さんとアイコンタクトを交わし、「今日でこのバイトも終わりやなあ」と思いながら、一所懸命仕事をしま
した。
憂愁の美を飾りたいというのは大袈裟かもしれませんが、寒さのせいか寂しさも手伝っていつも以上に頑張ったつもりです。
夕方になっても冷たい雨は降り続き、雨がカッパのどこかから入ってくるのか、それともカッパで蒸れているのか、制服が濡れていて体が 冷えてしまって、ガタガタ震えるほどでした。
(後編へつづく…)