2014年(平成26年)12月のミニミニ法話・お説教
2014年(平成26年)12月
~ 第081回 「一道を行く」 ~
かつて女優の杉村春子さんが演じた「女の一生」という舞台がありました。
森本薫作の「女の一生」を文学座が初めて演じたのは、戦争の真っ最中、昭和20年のことでした。
それから40数年で築いた舞台の回数が900回を超えたといいます。演じ続けた人の努力もさることながら、この芝居が大勢の人の共感を得たからでしょう。
明治・大正・昭和の三代、それも戦争をはさむ激動の時代を生きた一人の女性・布引けいという女の一生を描いています。
この主人公の生涯は、戦前・戦中・戦後を生きた、ごく普通の日本女性の喜び、悲しみと重なり合って、その共感が多くの人々を「女の一生」という舞台に惹き つけたのでしょう。
劇中、主人公の布引けいが述べるセリフがあります。
「誰が選んでくれたのでもない。自分で選んで歩き出した道ですもの。間違いと知ったら自分で間違いでないようにしなくちゃ。」私の好きな言葉です。
孔子は「一以てこれを貫く」と言っています。自分の進む道は一つ。それも自分で選んだ道ならば、その道を貫く覚悟が必要です。
11月中旬に俳優の高倉健さんの逝去が伝えられました。以来、連日テレビ局が特集を組んで、健さんの人となりを報道しています。
その中で私が注目したのは、健さんが生涯大切にしたという座右の銘です。それは次のような言葉でした。
「我が行く道は精進して、忍びて終わりて、悔いず」
実はこの言葉は「無量寿経」に説かれていて、法蔵という菩薩が仏となるために、あらゆる苦難を耐えしのぶ覚悟を述べた言葉です。
「我が行は精進して忍びて終(つ)いに悔いざらん」
自分が選んだ一つの道を貫くためには、さまざまな障害を乗り切る努力と、辛さに耐え抜く力とが要求されます。
でも、一旦選んだ道であるからには、なにがなんでも貫き通す決意が欲しいものです。
その結果がどうであろうと、決して後悔しない、という経典の言葉を心の杖ことばとして大切に保ち続けた健さんは、さすが生き方も一流でした。
自分の人生に一つの道を持つのは、とても大切なことだと教えられました。
森本薫作の「女の一生」を文学座が初めて演じたのは、戦争の真っ最中、昭和20年のことでした。
それから40数年で築いた舞台の回数が900回を超えたといいます。演じ続けた人の努力もさることながら、この芝居が大勢の人の共感を得たからでしょう。
明治・大正・昭和の三代、それも戦争をはさむ激動の時代を生きた一人の女性・布引けいという女の一生を描いています。
この主人公の生涯は、戦前・戦中・戦後を生きた、ごく普通の日本女性の喜び、悲しみと重なり合って、その共感が多くの人々を「女の一生」という舞台に惹き つけたのでしょう。
劇中、主人公の布引けいが述べるセリフがあります。
「誰が選んでくれたのでもない。自分で選んで歩き出した道ですもの。間違いと知ったら自分で間違いでないようにしなくちゃ。」私の好きな言葉です。
孔子は「一以てこれを貫く」と言っています。自分の進む道は一つ。それも自分で選んだ道ならば、その道を貫く覚悟が必要です。
11月中旬に俳優の高倉健さんの逝去が伝えられました。以来、連日テレビ局が特集を組んで、健さんの人となりを報道しています。
その中で私が注目したのは、健さんが生涯大切にしたという座右の銘です。それは次のような言葉でした。
「我が行く道は精進して、忍びて終わりて、悔いず」
実はこの言葉は「無量寿経」に説かれていて、法蔵という菩薩が仏となるために、あらゆる苦難を耐えしのぶ覚悟を述べた言葉です。
「我が行は精進して忍びて終(つ)いに悔いざらん」
自分が選んだ一つの道を貫くためには、さまざまな障害を乗り切る努力と、辛さに耐え抜く力とが要求されます。
でも、一旦選んだ道であるからには、なにがなんでも貫き通す決意が欲しいものです。
その結果がどうであろうと、決して後悔しない、という経典の言葉を心の杖ことばとして大切に保ち続けた健さんは、さすが生き方も一流でした。
自分の人生に一つの道を持つのは、とても大切なことだと教えられました。