大覚寺のご紹介

人生を健やかに生きていくための説法を
毎月、御紹介していきたいと思います。

2010年(平成22年)9月のミニミニ法話・お説教

2010年(平成22年)9月

玄禮和尚のお説法

2010年(平成22年)9月

~ 第030回 「越中八尾と永観律師」 ~

 9月1日から三日間、越中八尾の風の盆。立春から数えて二百十日に行われるこの行事は、収穫を目前にした稲が台風などの被害を受 けないように、という祈りを込めた祭りです。

哀調を帯びた胡弓の独特の音色と、編み笠を着けた男女の情緒ある踊りは、高橋治の小説「風の盆恋歌」と、石川さゆりの歌で一躍有名になりました。

 この八尾の町には、風の盆とは別に毎年5月3日に曳山祭が行われます。三味線、太鼓の奏でる囃子につれて、若者たちが揃いの法被姿で六基の「山」を勇壮 に曳きます。

豪華な彫刻と漆や金箔で飾られていて、京都の祇園祭の山鉾に似ています。この山を曳く時の掛け声が「ホーリキミッツノヨーカンボー」というのです。漢字に 当てれば「法力密意乃永観房」となります。

以前、八尾の郷土史家の成瀬昌示氏が禅林寺に来られた時、八尾と永観律師の関連を尋ねられたのですが、残念ながら答えは見つからないまま、成瀬先生も逝去 されました。

 ご承知のように、永観(ようかん、が正しい読みです)は禅林寺の第7世で、一日六万遍の念仏を修していた時、須弥檀上のご本尊が降りて共に念仏行道され るのを見て、驚き躊躇していると、仏が振り返り「永観、遅し」と告げられたという奇瑞の「みかえり阿弥陀」の縁起があります。

のみならず、病人を助け励まし、獄舎にいる者には念仏を勧めて懺悔させ、境内の梅の実を惜しみなく貧しい者に分け与え、弱者救済に尽くした人です。

一日六万遍の念仏を唱えるうちに舌も喉も枯れて声を失うほどの苛烈な念仏行を修した清僧でしたから、多くの人々から崇拝敬慕され、「法力密意の勝れた永観 房」と讃えられ、それがいつしか越中八尾まで伝わったのであろうと察せられます。

 永観律師が示寂されて今年は900回忌に当たります。ご命日の11月2日には百僧法要を営みます。

西方浄土にいます永観律師は、京から遠く離れた八尾の若者が山を曳きつつ「ホーリキミッツノヨーカンボー」と叫ぶ声を、いかにお聞きでありましょうか。
 
法話一覧へ